古代メソポタミア文明とオリエントの統一へ【大学受験解説】

メソポタミア最初の統一国家をつくったアッカド人。サルゴン1世が有名でした。

 

続けば良かったものの、アッカド人の王国は王様の「力」による統治(拷問や厳しい決まり)がいきすぎて統治の機能が弱まっていきます。

シュメール人が途中で独立を回復できた(ウル第3王朝)のもこうした背景があるからですね。

 

しかしついに紀元前1900年頃このメソポタミアの地域に西北から新たな民族がドドドド!っと侵入してきます。

 

それがセム語系のアムル人です。

古バビロニア王国の建設

Body of Water at Daytime

紀元前1900年、セム語系のアムル人がバビロンを都にバビロン第一王朝をおこします。これが、古バビロニア王国です。

 

もともと住んでいたシュメール人をおさえたので、彼らの楔形文字などの文化をちゃっかり取り入れつつ、メソポタミア文明の最盛期を築きます。

 

バビロニアの場所は、ティグリス・ユーフラテス流域のメソポタミアの南部一帯です。(ちなみにこのバビロニアの北部をアッカド・南部をシュメールと呼び、それぞれアッカド人、シュメール人が生活してました)

 

バビロン第1王朝 シュメール アッカド ウンマ(Umma) メソポタミア ウルク バビロニア

出典:バビロン第1王朝 – 世界の歴史まっぷ

 

ハンムラビ王の業績

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大学受験の世界史で「古バビロニア〜・・」ときたらハンムラビ王だと思ってください。そのくらい大事です。

 

古バビロニア国内の法律(ルール)から政治まで、みんながよく生活できるように苦心した男前な王様です。

 

紀元前1700年頃の古バビロニア王国の6代目の王様の彼は、以下の3つの業績をのこします(圧倒的に最初が重要!)

 

  • ハンムラビ法典の編纂
  • 駅伝制の整備
  • 灌漑用水路の建設

 

駅伝制は情報の伝達をよりスピーディーに!灌漑用水路は、作物を育てる畑への水やりをより効率的に!な感じでおおきく古バビロニア人の「幸福度」に貢献したといえそうです。

 

ハンムラビ法典の編纂

「目には目を、歯には歯を」はこのハンムラビ法典の原則の表現なのでそのまま覚えてしまいましょう。

 

多くの人が集まる組織・社会では、共同・協力して生きなければです。「あれはいーよ!」「これはだめー!」といったルールをガッチリかためるのが王様の最大任務だったようです。

 

ハンムラビ法典は、全部で282条、楔形文字で書かれたのが特徴です。

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ハンムラビ法典の邦語訳を少し抜粋すると…

53条:自己の堤防を強固することを怠り、他の耕地に迷惑をかけたら損害賠償すること
195条:子が父を打った時はその手を切られる
196条:他人の目をつぶした者はその目をつぶされる

 

ハンムラビ:「嫌なことするなよ??それしちゃったならお前んとこに跳ね返すぞ^^」という同害復習法が原則。ただ報復OKという意味ではなく、無駄な争いを防ぐという役割がありました。

 

「ハンムラビ法を破ると、どんな罰を受けるのか」が定まってます。なので無駄な争いを防ぎ、報復合戦を減らすことに貢献できました。

 

身分別に刑罰も決まっていて、根底には..「強者が弱者を虐げないように、正義が孤児と寡婦とに授けられるように」と、あとがきにビジョンが書かれてるほど。弱者救済の精神がこの時代にはあったってこと…鳥肌ものですよね〜

異民族(ヒッタイト人)の侵入

そんな古バビロニアですが、紀元前1695年、アナトリア(小アジア)に強力な国を築いたヒッタイト人にぼこぼこにやられて滅亡します

 

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ヒッタイト

 

どうしてぼこぼこにヒッタイトにやられたか、それはヒッタイト人は西アジアで初めて鉄器を使用した民族だったからです。

 

ヒッタイト:「おっおっおっ^^こっちは鉄だぞー^^」

 

当時の古バビロニアは鉄器を持っておらず、圧倒的に火力不足。呆気なく降参^^;

 

ミタンニ王国も侵入

ヒッタイトが古バビロニアを滅ぼした後、紀元前1500年頃にメソポタミア北部を征服したのがミタンニ王国です。

 

前15世紀にミタンニ人は、シリア・イラク地方に進出してきたエジプト新王国やヒッタイトともバトルを繰り広げました。

 

ヒッタイトに負けてはミタンニ王国は弱体化し、のちにオリエントを統一するアッシリア帝国に併合されます。

 

カッシート王国も侵入

続くカッシート人も、イラン高原西部から南メソポタミアに侵入し、バビロニアを支配しました。

 

カッシート王国はそこそこに栄えますが、紀元前12世紀に滅びます。

 

この古バビロニアへの異民族の侵入は、ヒッタイトー!ミタンニー!カッシーーとおお!とリズムで覚えましょう。

 

場所については、ヒッタイト:アナトリア

  • ヒッタイト:アナトリア
  • ミタンニ王国:北メソポタミア
  • カッシート:南メソポタミア

と分けると忘れにくいです。

 

オリエント統一のアッシリア帝国

さて。エジプトから東地中海、メソポタミア一帯は争いの絶えない時代が続きます。

 

メソポタミアを中心に「開放的」な土地の特徴。異民族の出入りが激しくなかなか統一王朝の安定はほど遠かったですね・

 

しかし、紀元前9世紀、このすべ〜〜てを統一してまとめた国のアッシリア帝国が誕生します!

 

異民族の乱入でややこしい範囲ですが、

 

シュメール人→アッカド王国→古バビロニア王国(バビロン第一王朝)→ヒッタイト、ミタンニ、カッシート、→アッシリア王国

 

このようにメソポタミアの権力は移っていきます。そしたらこの範囲の完成度は十分です。アッシリア帝国については次の記事にてまとめていきますね!

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