古代地中海世界の人々と2つのエーゲ文明(クレタとミケーネ)【大学受験解説】

古代のギリシャ文明に突入しました!メソポタミアやエジプトの地域と比べた時に、環境は全く異なるのが地中海世界の特徴です。

はじめに、地中海世界の地理的環境についてみていきましょう。

地中海世界の生活環境

white buildings on mountain by the sea during daytime

地中海世界ってどんなイメージですか?

 

地中海世界はここら一帯のことです

f:id:makoto-endo:20190103115132p:plain

澄み切った青い空と燦々と照らす太陽、ブラッドオレンジ、オリーブオイルのイメージですよね。

 

地中海文明が栄え、ヨーロッパ人の根源とされる場所 。地中海世界は1年を通して雨の量が少なく秋から冬に集中して降ります。しかも夏は乾燥していて、暑いのが特徴です。

 

こうした天気・気候の環境は、つくる食べ物に影響を与えます。(北海道でじゃがいもが育てやすいのと同じ!)

 

この地中海世界は、ナイル川のような大河はなく、穀物(小麦など)を育てるのに向いてません。その代わり、オリーヴ・ブドウ・イチヂクなどの果実を育てるのに向いてます。

 

同時に、干ばつの危険性がいつもあるため、オリーヴオイルを輸送して、穀物(小麦など)を持ってくる、交易(トレード)が盛んな地域です。

 

古代ギリシャ人:「なあ、ワイら、オリーヴと果物、ヤギのミルクじゃあ死んじまう」

 

外の小麦屋:「せやな、毎日ブドウ縛りはえぐいですなあ^^;ほな、美味しいブドウと、こちら小麦、交換しましょか〜」

 

な感じ!この交易を通じて人々は生活を送っていました。

 

そもそも「ギリシア」とは?

「ギリシャ!ギリシャ!」と僕たちはあたりまえに呼びますが、これは英語表記のGreeceからくるもので、ローマ人が使った言葉がもとになります。

 

とは言っても当時の「ギリシャ」に住んでいた人は自分たちを古代ギリシャ語で「ヘラス」と呼んで、他の民族と分けてました。

 

また、古代ギリシャというと、歴史に残るのは皆が話し合いをはじめる「ポリス社会」をイメージする人は多いかもですが、「いや、それよりも前に文明ってあるんじゃないの?」ということで発掘が進みました。

 

エーゲ海には以下の2つの文明があり、それぞれの発掘者によって明らかになります。

 

  1. クレタ(ミノア)文明(シュリーマンの発見)
  2. ミケーネ文明(エヴァンズの発見)

 

エーゲ海に花咲いた文明は、クレタ島とペロポネソス半島に分かれる!ってことですね。それでは順番にみていきましょう

 

*これら文明はまだまだ知られてないことが多く、覚える内容も多くはありません。

 

クレタ(ミノア)文明(前2000〜前1400)

エーゲ海に浮かぶクレタ島は前2000年に文明が発達します!以下の地図の青色の島です。

 

前3000年頃に小アジアから青銅器を持つ人たちがやってきて、ぽつぽつと集落ができじはじめた説があります。

 

ããã¢ææå°å³

出典:エーゲ文明 – 世界の歴史まっぷ

 

別名「ミノア文明」の呼び名は、ギリシア神話に登場する、クレタ島の伝説の王様ミノス」に因みます。

 

発掘者エヴァンズは、クレタ文明で使われてた文字の「線文字A」と「線文字B」を発見します。「線文字A」が主にクレタ文明で使われたようですがいまだに未解読です。

 

0726 La Canée musée linéaire A.JPG

出典:線文字A – Wikipedia

 

クレタ文明の最大の文化遺産は、クノッソス宮殿です

 

*クノッソス宮殿再現図

ãã¯ããã½ã¹å®®æ®¿ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

このクノッソス宮殿は中庭の周りに多くの建物が並びます。城壁は作られませんでした。クレタ文明は外敵を恐れずにウェルカム(?!)の気質だったようで、開放的な文明の人とされてます。

 

こんなイルカも壁画に描かれるほど平和的・開放的な文明でした。

ã®ãªã·ã¢ä¸ç

出典:wikipedia

 

しかし、このクノッソス宮殿が壊滅的な状態でみつかったことから、外敵の侵入によって滅んだのでは?とされます。その正体は、もう一つの文明のミケーネ文明を築いたアカイア人です。

ミケーネ文明(前1600〜前1200)

前2000年からドドド!っとインド=ヨーロッパ語族の人たちが北方からやってきて、その内のアカイア人が前1600年に築いた文明です。

 

ペロポネソス半島を中心に、ミケーネ・ティリンス・ピュロスなどの小国家を作りますが、最後に生き残ったのが、ミケーネ地方のミケーネ王国でした。

 

ãã±ã¼ãææå°å³

出典:エーゲ文明 – 世界の歴史まっぷ

 

小国の乱立から想像できるように、クレタ文明の開放的な平和な文明とは違い「うりゃおりゃおりゃ!!攻めろーー!いや、守れーー!ギヤあ」と、戦闘的な民族だったと推測されます。

 

ミケーネの獅子門は有名です。巨大な城壁が建設され、外敵から身を守ります。やらなきゃやられる、そんな世界でした。

 

ããã±ã¼ãçå­éãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

出典:ミケーネ文明 – Wikipedia

 

線文字Bで書かれた粘土板も多く発掘され、ヴェントリスによって翻訳されます。

f:id:makoto-endo:20190103184650p:plain

出典:線文字B – Wikipedia

 

驚くべきは、ミケーネ文明は貢納王政だったこと。

 

☑️貢納王政とは? ミケーネ文明の王は、かな〜り強大な権力を持ち、数十の村(?)共同体(?)に対して、金・銅・家畜や壺、畜産物を納めるよう義務付けてました。また、「おいおまえら、ちゃんと納めてんだろうなあ^^」と、監視する役人も任命されてたそうです。

 

開放的なクレタ文明と違い、防御力・攻撃力を蓄える必要があったミケーネ文明の「統一」「団結」を狙った取り組みだと思われます。

 

ホメロスの『イリアス』「トロイア戦争」では小アジアのトロイア王国を征服する程ですからね。強国に成り上がれたのも貢納王政のおかげだったのでしょう。

 

古代ギリシアの「暗黒時代」へ

close up photo of black water at daytime

ミケーネ文明は、前1200年ころ、あの伝説上の民族「海の民」の侵入で滅ぼされます。その後、線文字Bも使われず、歴史が残らない時代=暗黒時代に突入します。

 

暗黒時代:「歴史って、史料(過去の足跡)を手掛かりに作られるけど、その史料がない!すまん。こりゃ歴史を作るのは無理だよな。暗黒時代って名乗るわ。」

 

な感じ。(史料が無いって辛ーい!!しかも史料の関係で、古代は時代のスパンがやたら長〜〜く空くので、世界史選択者は耐えましょう、耐えましょう)

 

ギリシア人の一波(ギリシャ人第一弾!)がドドドと移住してきてエーゲ文明が築かれました。しかし第二波の「ドーリア人」・「イオニア人」・「アイオリス人」が押し寄せる時、古代ギリシャの世界はまた違った様相を呈します。

 

例えば、「ドーリア人」は鉄器を持ち込んで、古代ギリシアの時代を跋扈する存在にもなります。つまり、青銅器文明のエーゲ文明から、よりパワーアップした鉄器文明のギリシア文明にアップデートされます。

 

前12世紀から前8世紀頃までこの「暗黒時代」は続きますが、その後の前8世紀頃、ギリシャ人第二波の人たちが「ポリス(都市国家)」を中心とする新しいギリシア世界を築きます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました