東地中海世界の3民族の特徴(アラム・フェニキア・ヘブライ)【大学受験解説】

世界史のオリエントの「東地中海」とは、今のシリア・レバノン・ヨルダン・パレスチナ・イスラエルなどの地域で、前13世紀にセム語系の3民族が活躍します!

 

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東地中海のこの地域には、前1500年頃からセム語系のカナーン人が生活してました。

 

しかし、前1200年頃、海の民(系統・民族は不明、エジプトの古文書の英訳SeaPeopleに由来)の侵入によって、この地域は突如とカオスと化します。

 

☑️「海の民」は船団を組んで東地中海一帯に大打撃を与えた民族の総称です。ヒッタイト王国を滅ぼすのだからその急襲力・火力は恐ろしいものでした

 

海の民による東地中海の情勢混乱が過ぎ去った後、セム語系の3民族たちが存在感を放ちます。

セム語系3民族の活躍

rock cliffs facing rippling body of water

この東地中海の場所は、川もなければ、雨もほとんど降らないんです。そうもなれば、作物を作って生活するわけにもいかず・・・「せや、ものともとを交換して稼いで生活しよう!」との考えが芽生えるのが自然の成り行きです。

 

内陸貿易、地中海貿易など「ものとものを交換して価格差で稼ぐでー!」って転売ヤーの考えはすでにありました。経済的合理性を求める人間の心理をよく表しますよね

 

そんなセム語系3民族とは

  1. アラム人
  2. フェニキア人
  3. ヘブライ人

です。大学受験では「〜〜人」に対応する特徴をきちんとおさえておけば十分点数がとれるので安心してください。

 

以下の地図は、前10世紀頃の東地中海世界の勢力分布で、「アラム人」「フェニキア人」「ヘブライ人」の場所を確認した上で、それぞれの特徴をみていきます。

 

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アラム人とフェニキア人 – 世界の歴史まっぷ

 

アラム人(セム語系)

前1200年頃から西アジア(今のシリアあたり)で、内陸貿易(中継貿易)で活動した民族です!

 

内陸貿易とは、陸にある都市と都市を結ぶものの輸送と売買のことです

 

アラム人は、ダマスクスを都に定め、その周りに様々小国をつくって栄えていきます

 

ちなみに、このダマスクスは後のイスラームの王朝のウマイヤ朝(661〜775)や今のシリアの都ですが、その基礎を作り上げた人がアラム人ってことです!

 

そして彼らのアラム文字は、ヘブライ文字・アラビア文字の原型にもなります。アレクサンドロス大王の帝国がひろがると、突厥文字、ソグド文字、ウィグル文字、モンゴル文字、満州文字につながっていきます

 

アラム語は当時の「国際商業語」だったことから、四方八方に商業ネットワークを持っていて、商売力・コミュ力に長けていた人たちだったとも推測できますね。

 

フェニキア人(セム語系)

フェニックス!じゃなくてフェニキア人!フェニックス人って書かないでそれ不死鳥。

 

彼らはアラム人の内陸とは違い、地中海貿易を行い、独占していました。フェニキア人は「貿易するならさ、拠点があった方が楽じゃない?」ってことで地中海沿岸にシドン・ティルスなどの海港都市を建設します。

 

他にも黒海・紅海にまで行き(いや、バイタリティすごい^^;)たくさんの拠点(植民地)を築きます。その中でもカルタゴは、あのポエニ戦争で共和制のローマとバトルする運命に・・。

 

フェニキア人が使用したフェニキア文字は、前8世紀からギリシャ人に受け入れられたことを背景に古代ギリシャ語に用いられます。

 

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出典:wikipedia

 

ギリシャ語は西洋のいろ〜〜んな国の文字に使われ、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語などなどアルファベットの原型になります。

 

フェニキア人=地中海の人→ギリシャに文字を伝える→さらに西洋へ→アルファベットの原型や!って図式の流れで覚えると忘れにくいですよ。

 

ヘブライ人(セム語系)

もともとユーフラテス川上流域の遊牧民族でしたが、前1500年頃にパレスチナへと移住します。

 

*人が移動する時には「この場所よりもあの場所がいい!」という動機が必ずあります。この時代では、食物の不作あるいは異民族との抗争の場合がほとんどです。

 

ユーフラテス川を超えて移住した彼ら。「超える」という意味のヘブライにちなみ、ヘブライ人と呼ばれることになりましたが、彼ら自身はイスラエル人と自称していました。

 

*他称:ヘブライ人

*自称:イスラエル人

 

出エジプトとユダヤ教のはじまり

一部のパレスチナに住むヘブライ人は、エジプトへと移住しますが、当時のエジプト新王国のもとで奴隷として酷使される運命に・・・

 

当時のエジプト新王国は対外的に好戦的な強国で、国内の身分の格差はえげつなく、移住してきたヘブライ人は奴隷そのものでした

 

エジプトのファラオによる圧政を受ける中、ある男が立ち上がります。モーセです

 

モーセ:「いやあ!やってられんだろー!おいおまえら、こんなところ抜け出して、ふるさと(パレスチナ)にもどんぞ!!!」

 

この出来事こそ、旧約聖書で有名な「出エジプト」です。エジプト脱出後、モーセはパレスチナのシナイ山で十戒(ヤハウェと結んだ10の決まりごと)を受け、そこに住むヘブライ人に伝えながらユダヤ教のベースが出来上がります。

 

 ヘブライ王国の建国(都:イェルサレム)

その後パレスチナに戻ったヘブライ人は 前1000年頃、ヘブライ王国を建国します。都はイェルサレムです。

 

*当時ペリシテ人と呼ばれる「海の民」の一派による攻撃が絶えず、彼らに対抗するための団結の流れで初代の王様サウルが建設したとされます。危機は人の団結を促進しますね。

 

東地中海の立地をいかし、ヘブライ王国のヘブライ人は隊商を組織して紅海で海上貿易で生計をたてます。

 

ヘブライ王国は2代目のダヴィデ、3代目のソロモンの時に最盛期をむかえます。しかし、3代目ソロモン王の死後、ヘブライ王国は、北のイスラエル王国南のユダ王国に分裂。

 

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出典:ヘブライ人 – 世界の歴史まっぷ

 

北のイスラエル王国は前722年にアッシリア帝国のサルゴン2世に、南のユダ王国は前586年に新バビロニアのネブカドネザル2世に、それぞれ征服・滅ぼされます

 

ユダ王国を滅ぼした新バビロニアのネブカドネザル2世は、ユダ王国の5万人ものヘブライ人たちを連行・強制移住させる「バビロン捕囚」を行います

 

こうした苦難・迫害の歴史の中で、ユダヤ信仰が強まり、民族意識も芽生え団結の絆が強固になっていくのですね〜・・

 

ごちゃごちゃしますが整理すると

ヘブライ王国の南北分裂

→北:イスラエル王国:アッシリア帝国により滅亡

→南:ユダ王国:新バビロニアにより滅亡

な感じに図式化すると覚えやすいです。

 

3民族の特徴をおさらい

brown sailboat in beach under white sky

前13世紀、東地中海で活躍したセム語系の民族は以下のようにシンプルな区別をしましょう

 

  1. 陸のアラム:ダマスクス
  2.  海のフェニキア:シドン・ティルス
  3. 宗教のヘブライ:イェルサレム

 

民族のそれぞれの特徴(都、商業形態、言葉や文字)をすらすら言えるまでよ〜く読んでください。

 

特に、ヘブライ人がヘブライ王国を建国して以降、民族・宗教のストーリーが入り込むので複雑になり理解に苦しみがちです。

 

ヘブライ人の歴史については、別記事の「ユダヤ教の成立」と照らし合わせれば理解が深まります。気長に勉強していきましょう。

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